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第一弾 井田は海の中?

公開日時:2015年7月1日 AM 11時


大昔の人たちの生活の跡を遺跡といいます。かつての井田山はその遺跡の宝庫。いたるところに古代の人たちの生活の痕跡が残されていました。井田山の遺跡を散策しながら、ちょっとだけ井田の古い歴史をのぞいてみましょう。
まずは、井田に最初の人が住み始めたのはいつ頃だったのでしょうか。かつて新日鉄研究所のあった井田山の桜ヶ丘住宅一帯の「井田中原遺跡」から、縄文時代の家の跡が2軒発見されています。今からおよそ9000年も前のことで、どうやらそこに住み始めた10人くらいの縄文人が井田山の最初の住人だったようです。この頃井田のほとんどは海の中。井田小も井田中もみんな海の中で、およそ中原区のほとんどが海の中でしたが、わずかに海に張り出していた井田山に、縄文人が近くの海で貝や魚を取って暮らしていたのでしょう。  
このあたりが海であったことは、かつて井田山にいくつもあった貝塚からその様子がうかがえます。貝塚は縄文人が食べた貝殻などを捨てたところで、そのうちの一つ、井田病院前の日吉側のさくら幼稚園付近にあった「下組貝塚」からは、ボラ、スズキ、クロダイの骨が、貝類ではハマグリ、ハイガイ、カキなどがたくさん見つかっています。ハマグリのお吸い物にクロダイの塩焼きが縄文人のある日の夕食のメニューだったようです。
しかし、これらの貝塚も今ではすっかり姿を消し、唯一日吉台公園の近くに残されていた8000年前の貝塚も、先日久々に訪れたところ、ちょうど新しいマンションの建設中で、残念なことにすでに貝塚の痕跡すらなくなっていました。
2015年現在、川崎市内の貝塚はすでに99%失われており、わずかに市民ミュージアムに展示されている高津区の子母口貝塚の貝層断面にその面影をとどめるだけとなってしまいました。
 追伸 この夏、井田山で小さな遺跡の発掘が行われるようです。場所は微生物研究所の近く。始まったらちょっと覗いてみてください。ひょっとしたら縄文人に会えるかも。

(小薬)
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